大会論題

日本国際経済学会 第82回全国大会 共通論題 趣意文

「グローバル・サウスの視点から世界経済を捉え直す」

最近、国際機関の報告書などでも「グローバル・サウス」という概念が用いられるようになってきました。この耳慣れない「グローバル・サウス」とは何を指すのでしょうか。

グローバル・サウスとは、第一義的に、絶対的な貧困状態にある者の多くが偏在する旧植民地のアジア・アフリカ・ラテンアメリカ地域、伝統的な「南」、旧第三世界を指す地理空間的カテゴリーによる言葉です。

一方、グローバル化された市場に経済的に参加し、居住国・地域を超越してそこから利益を得ることができる人々と、そこから排除されたり疎外されたりする人々を区別する、社会的カテゴリーを包含する概念としてグローバル・サウスを再定義するような議論もでてきています。この定義では、伝統的な「北」(アメリカ、イギリスほか)の内部にも「南」と同様な貧しい場所・空間・階層が出現し、同時に伝統的な「南」(東・東南アジアやラテンアメリカ、アフリカの一部)の内部にも「北」と同様な裕福な場所・空間・階層が出現している今日の世界を俯瞰することができます。このような流れは、かつての「北」の先進国と「南」の途上国といった南北問題の図式だけでは、新たな社会的ヒエラルキーの台頭や、グローバルな規模での貧困・格差や不平等の拡散とその多様化・複雑化を認識する枠組みとして、世界経済を捉えきれなくなってきたことの反映でしょう。

日本国際経済学会は、近年の全国大会共通論題として、環境・災害リスク、パンデミック、グローバルな規模での貧困・格差拡大、開発・貿易・労働問題などの極めて重要な論点を取り上げ、今日のグローバリゼーションの光と影を受け止めるべく、議論してきました。今回は、グローバル・サウスの視点から同じテーマを捉え直すことで何が見えてくるのかという問題意識の下、共通論題を提起しました。

振り返ると、グローバル・サウスと呼ばれる地域では、パンデミック以前から常に感染症の危険に晒されていました。高頻度で感染症が流行することが分かっているにも関わらず、公衆衛生インフラの整備は進まず、保健医療システムは脆弱であり続けました。多くの国では、公的医療支出より対外債務返済に多額の国内財源が費やされてきたという側面も見逃せません。

加えて、環境破壊や災害リスクに関しては、熱狂的資源採掘や農地収奪といった問題がグローバル・サウスと呼ばれる地域で集中的に起きています。「北」への輸出を目的に皆伐された森林やその農地転用は二酸化炭素の吸収を減らします。加えて、国際NGOオックスファムによる「炭素の不平等」によると、過去25年間、世界人口の最も裕福な上位10%の人々が排出した累積二酸化炭素量は全体の半分以上を占めています。脆弱な最貧層が排出してきた二酸化炭素量は僅少ですが、気候変動の影響は受けています。多発するハリケーン被害が示すように、熱帯低気圧は気候変動による海面上昇の影響を受けやすく、将来的に雨量規模がさらに膨張するとの予測もあります。グローバル・サウスと呼ばれる地域では、干ばつ、ハリケーン、洪水、自然災害リスクに対応し、被害を軽減するためのリソースを持ちません。他方、グローバル・ノースと呼ばれる伝統的な「北」の富裕国やあらゆる国・地域に居住する富裕層・投資家は、確かにESG投資の動きはあるものの、化石燃料産業への資金提供や投資を続けています。

また、国際労働力移動に関しては、今日の伝統的な「北」では、労働力調達の流れを調節する門番的機能を強化し、一定期間の資本蓄積やシステム合理化の必要性に応じて移民流入を促進したり、制限したりしています。この門番的機能は、国境軍事化、監視・統制強化、国境警備隊の増強によって補完されています。他方、グローバル・サウスと呼ばれる地域では、農村経済・コミュニティ構造の弱化の大きな流れの中、小規模家族農家や小規模土地所有農家の経営が立ち行かなくなり、契約農家化の促進、廃業・離農の増加、都市部への求職移民、インフォーマル部門(麻薬経済含む)への流入、そして大半は脆弱な労働環境下で低賃金労働者になるべく越境移民となるなど、移民排出の複雑な力学は一層多様化してきました。さらに頭脳流出問題も重要な問題です。頭脳流出と知的資源シフトが国際労働力移動を媒介にして行われています。

最後に、伝統的な「北」の内部において浮上しているグローバル・サウス、いわば社会的カテゴリーを包含する概念への転化もまた、新たな視点となるでしょう。絶対的貧困が依然としてグローバル・サウスと呼ばれる地域に偏在しているとはいえ、伝統的な「北」における複合的な相対的貧困・格差の拡大や環境破壊の偏在はもはや無視できない状況です。

「環境・災害」「格差・貧困」「国際労働力移動・移民」「対外債務」などの諸問題は、一見すると「南」でより早急に改善されたり、対策・政策をとられたりするべきだと考えられがちですが、これらの問題はグローバル・ノースと相互に関連した複雑かつ緊急な世界的課題であり、グローバル経済の時代を生きる人類共通の課題です。

国際経済学はこれにどう立ち向かえばよいでしょうか。そこで、本大会の共通論題では、視座をグローバル・サウスに置き、そこから見える世界経済についてじっくり考える機会としたいと思います。具体的には以下の問題領域を想定していますが、「グローバル・サウスの視点」の解釈は広義であり、読む人ごとに多様になるように思います。

  1. グローバリゼーション/反グローバリズムとグローバル・サウス
  2. 「南北問題」からグローバル・サウスへ
  3. グローバル・サウスと債務問題
  4. グローバル金融危機とグローバル・サウス
  5. グローバル・ノース内部のグローバル・サウス
  6. パンデミックがグローバル・サウスに与える影響
  7. グローバル・サウスと格差・貧困
  8. グローバル・サウスと包摂的成長(inclusive growth)
  9. グローバル・サウスから見た国際労働力移動
  10. 「脱炭素」・環境問題のグローバル・サウスへの多面的影響
  11. 資源開発・紛争鉱物問題とグローバル・サウス
  12. グローバル企業の展開とグローバル・サウス
  13. アメリカの政策転換とグローバル・サウス
  14. グローバル・サウスへの中国・ロシアの浸透

多くの方からの報告応募をお待ちしております。

「自由論題セッション」について

全国大会の「自由論題」につきましては、例年通り自由なテーマで報告希望の申し込みを受け付け、それらを幾つかのセッションに分けて構成する方法をとります。プログラム委員会では、予め以下の「セッション」を想定しておりますので、自由論題の報告希望者は、「オンライン入力」において該当セッションを選択してお申込みください。

  1. 国際貿易
  2. 貿易政策
  3. 国際金融・国際マクロ
  4. 開発経済
  5. 直接投資・多国籍企業
  6. 欧米経済
  7. アジア経済
  8. その他各国・地域経済
  9. 国際通商体制
  10. 地域経済統合
  11. 環境・資源エネルギー
  12. 国際政治経済学
  13. デジタル・エコノミー
  14. その他

「企画セッション」について

第76回全国大会(2017年)より、「企画セッション」が設けられることになりました。代表者が事前に内諾を得た上で報告者・討論者を3名ずつ選び、セッション単位で報告を申し込むことが可能です。会員が自ら柔軟にセッションを構成し報告を申し込む事ができ、様々な研究テーマに対応することが可能であるという点で、有意義な試みになることが期待されます。報告の可否はセッション単位で行われ、受理された場合は自由論題の時間帯に企画セッションとして開催されます。企画セッションの詳細については、「報告募集要項」の「企画セッション報告の概要」をご覧ください。

英語での報告について

「英語セッション」は、本大会では特別に設けませんが、英語による報告も歓迎ですので、英語による報告を希望される場合は、自由論題の各セッション内でお願いします。なお、「オンライン入力」にて報告言語を選択してください。

インフォメーション

明治大学

日本国際経済学会 第82回全国大会

明治大学駿河台キャンパス

2023年10月14日(土)・15日(日)


お問い合わせ

第82回全国大会準備委員会

  • E-mail : jsie2023zenkoku@gmail.com
  • 住所 : 〒101-8301
    東京都千代田区神田駿河台1-1
    明治大学 商学部 小林尚朗 研究室気付
    第82回全国大会準備委員会宛

第82回全国大会準備委員会

小林尚朗(明治大学)委員長
勝悦子(明治大学)
末永啓一郎(明治大学)
妹尾裕彦(千葉大学)
所康弘(明治大学)
宮崎イキサン(明治大学)
吉田敦(東洋大学)


第82回全国大会プログラム委員会
所康弘(明治大学)委員長
伊藤恵子(千葉大学)
川端康(名古屋市立大学)
権赫旭(日本大学)
趙来勲(神戸大学)
立石剛(西南学院大学)
古川純子(聖心女子大学)