同時進行する経済のグローバリゼーションとリージョナリゼーション

早稲田大学 浦田秀次郎

 

1.はじめに[1]

 近年における世界経済の特徴の一つにグローバリゼーションとリージョナリゼーションという一見すると矛盾するような動きが急速に進展していることが挙げられる[2]。情報技術や輸送技術の急速な発達、規制緩和、貿易・投資の自由化などによってモノ、ヒト、カネ、情報などが世界レベルで大規模に移動するようになり、経済活動のグローバリゼーションが急速に進んでいる。他方、経済活動が地域的に集中する形でリージョナリゼーションが進んでいるが、その背景には二つの要因が挙げられる。一つは範囲の経済、規模の経済、スピードの経済といった経済活動が集積することよる利益を追求するという企業行動であり、もう一つは貿易・投資などの自由化が世界レベルではなかなか進まないことから、自由化に関心を持つ諸国間で貿易や投資に関する障壁を取り除くことで市場規模の拡大や経済の活性化を目指す自由貿易協定(FTA)や関税同盟(FTA+共通域外関税)などの地域貿易協定(RTA)が活発に締結されるようになったことである。

 グローバリゼーションの急速な進展は今回が初めてではない。19世紀から20世紀のはじめにかけても先進諸国を中心としてグローバリゼーションが大きく進んだ[3]。このグローバリゼーションの動きは、第一次大戦および大恐慌による被害から自国および同盟国の経済的利益を守ろうとして形成された閉鎖的なリージョナリゼーションであるブロック経済の設立によって頓挫した。閉鎖的なリージョナリゼーションは世界貿易を縮小させ、世界経済に大きな打撃を与え、第二次大戦の要因の一つとなった。

 本稿では、近年、進展しているグローバリゼーションとリージョナリゼーションについて、それらが過去において発生したように代替的な関係にあるのか、あるいは両者が同時に進行していくような補完的な関係にあるのかを検討する。分析からは、現在進展しているリージョナリゼーションは開放的なものであり、グローバリゼーションと補完的な関係にあることが結論付けられる。ただし、閉鎖的な要素もあることから、グローバリゼーションを阻害する可能性もあることが指摘され、そのような可能性を回避するためにいくつかの提案がなされる。最後に、近年における日本のリージョナリゼーション戦略をグローバリゼーションとの関係に着目して分析する。

 

2.グローバリゼーションの急速な進展と多角的貿易自由化

 経済活動のグローバリゼーションが近年急速に進んでいる。従来、モノの貿易がグローバリゼーションの担い手であったが、1980年代以降、多国籍企業による直接投資が大きな位置を占めるようになった。また、通信や運輸などのサービスの貿易、銀行貸し付けなどの民間資金や政府開発援助などの公的資金の流れが拡大していることも、経済のグローバリゼーションに拍車をかけている。

 図1から1970年代以降世界の貿易額と直接投資額がGDPよりも急速に拡大しており、経済活動のグローバリゼーションが進んでいることが読みとれる。特に直接投資は1980年代に入って急激な伸びを記録している。1970年から90年代末にかけて、世界GDP10倍の伸びを記録したのに対し、世界の貿易は18倍、直接投資は実に95倍へと拡大した。

 経済のグローバリゼーションの進展は様々な要因によってもたらされた。特に、技術進歩と自由化・規制緩和が重要な要因である。経済活動に不可欠な情報通信や輸送サービスにおける目覚しい技術進歩がそれらのサービスのコストを低下させ、企業によるグローバリゼーションを容易にした。

 国際間での経済活動に関する規制が大きく削減されたことも、経済のグローバリゼーションを促進した。国際貿易に関わる規制の削減・撤廃に最も貢献したのは1947年に発効した関税と貿易に関する一般協定(GATTの下で行われた8回の多角的貿易自由化交渉である。第1回から第5回までの交渉は関税引き下げの交渉であった。1962年に始まる第6回のケネディ・ラウンドでは関税引き下げだけではなく、アンチ・ダンピングだけではあるが非関税障壁の問題も取り上げられた。1973年から始まる第7回の東京ラウンドでは、関税引き下げと共に政府調達やダンピング防止などの非関税障壁についての協定が策定された。1979年の東京ラウンド終了後、従来のGATT体制では対処することが難しい様々な問題および状況が発生するようになった。第二次オイルショックによる世界経済の停滞により輸出自主規制や相殺関税などの非関税障壁を中心とした保護主義的な措置が多く見られるようになったことや、サービス貿易や直接投資など従来のGATTの対象であったモノの貿易以外の国際経済活動が急速に拡大したことなどである。さらに、GATTルールから除外されていた農業貿易や繊維貿易の重要性が増したことや急速な経済発展によって世界経済の中における発展途上国の位置が上昇したにもかかわらず、発展途上国はGATTでは例外的措置を適用されていたことなども健全な世界貿易体制の維持・運営において問題となってきた。

 新たに現出した問題に対処するために、1986年にウルグアイ・ラウンドが開始され、94年末に交渉が終了した。ウルグアイ・ラウンドは世界貿易機関(WTO)の創設、新たな紛争処理手続きの導入、農業、繊維貿易、サービス貿易、直接投資、知的財産権などに関する規律の制定あるいは強化、補助金、政府調達、セーフガードなど貿易ルールに関する取り決めの強化など多くの成果をもたらした。GATTの下で行われた8回の貿易交渉によって先進諸国の平均関税率はGATT以前の10分の1以下である約4パーセントにまで低下した。

 1995年にWTOが設立されたが、WTOでの下での第1回目の貿易交渉に対しては、迅速に進めたい先進国とウルグアイ・ラウンドでの合意を実施するだけでも時間が係り、新たな貿易交渉への準備ができていないとする発展途上国の間で対立した。しかし、各国間の調整が時間をかけて行われ、2001年の10月になって新たな貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の開始に対する合意が得られた。ドーハ・ラウンドは2002年1月に開始され2005年1月1日までに終了することになっている。

 

3.リージョナリゼーションの実態

 戦後におけるグローバリゼーションの急速な進展を概観したが、近年、欧州、北米、東アジアを中心として経済活動の地域化(リージョナリゼーション)が進みつつあることが注目されている。実際、これらの地域は世界経済を担う3極という形で扱われることも多い。本節では、貿易の流れに注目して3地域における地域化の動きを検討する。始めに1980年から2000年にかけての3地域に関する域内および域外貿易の実態を観察し、次ぎに域内貿易の特徴について分析する。

 表1には1980年から2000年にかけての東アジア、NAFTAEU、およびその他の地域に関する貿易額の伸びが倍率によって示されている。同期間において世界貿易額は3.3倍拡大した。地域別の貿易額をみると、東アジアの貿易が輸出入ともに急速な伸びを示していることが分かる。NAFTAは輸出額よりも輸入額の伸びが著しい。EUは東アジアやNAFTAと比べると貿易額の伸びは低いが、その他地域と比べると大きな伸びを記録している。これらの観察結果から、東アジア、NAFTAEUの3極の貿易は他の地域と比べて大きく伸びたことが分かる。

 域内貿易については、以下で詳しい分析を行なうが、表1から東アジア、NAFTAにおいては域内貿易の伸びが世界貿易の伸びよりも大きいことからリージョナリゼーションが進んだことが分かる。しかし、域外貿易も拡大していることから両大戦間において観られたような閉鎖的なブロックが形成されていないことがわかる。EUでは域内貿易の伸びよりは東アジアとの貿易がより急速に拡大している。絶対額でみると、80年から2000年にかけて、東アジア、NAFTAEUともにその他地域を含めて全ての地域との貿易が拡大している。

 次ぎに、3極の域内貿易パターンの特徴について、以下の3つの指標を計測することで分析を行う。

 

   絶対指標 (A): A = Xii/X..

      相対指標 (B): B = A/(Xi./X..) = Xii/Xi.

      二重相対指標 (C): C = A/{(Xi./X..)(X.j/Xii)} = XiiX../Xi.X.j

 

ここでXijとは、i地域からj地域への輸出を示し、"."iまたはjに関する合計を示している。したがって、Xi.i地域の総輸出、X.jj 地域の総輸入、そしてX..は世界貿易を表している。

 絶対指標は世界貿易に対する、地域内貿易の重要性の尺度となり、また相対指標は各々の地域の貿易における地域内貿易の重要性の尺度となる。二重相対指標は一般に"重力(グラビティ)係数 "と呼ばれているが、世界貿易における各地域の貿易の重要性を考慮したうえで、地域内の貿易に関する緊密度やバイアスを表したものである。地域内の関係が世界貿易における各地域の貿易の重要性を考慮したうえで予想される関係と等しい場合(中立的な場合)には同指標は1となり、地域内関係が強い場合(正のバイアスを持つ場合)には同指標は1以上になる。反対に、地域内関係が弱い場合(負のバイアスを持つ場合)には同指標は1以下になる。

 表2には、東アジア(日本を含む)、NAFTAEUの各地域に関して、上記の3指標の計測結果が示されている。絶対指標によれば、世界貿易に占める東アジア域内貿易のシェアは1980年から2000年にかけて5%から12%へと上昇した。NAFTAにおいても同指標は上昇したが、2000年では10%であり東アジアよりも僅かであるが低い。一方、EU2000年で22%と他の地域と比べると非常に高いが、90年と比べると大きく低下している。これらの計測結果は世界における地域化は80年代に大きく進展したが、90年代に入るとその動きは鈍化したことを示している。しかし、世界貿易の中で地域別にみると、欧州においては地域化への動きが80年代には強まったものの90年代に入ると低下した。一方、東アジアとNAFTAにおいては地域化への動きが継続的に上昇している。各地域内の絶対指標を合計することで、3地域への地域化の状況を検討してみると、1980年から1990年にかけては345%から44%へと大きく上昇したが、1990年から2000年にかけては04%ポイントしか上昇していない。したがって、世界大での地域化は80年代には進んだものの、90年代に入るとその動きが大きく減速したと言える。

相対指標からは各地域の貿易に占める域内貿易の重要性を検討することができるが、3地域に関する計測結果から絶対指標に関する計測結果と類似した傾向が読み取れる。すなわち、東アジアとNAFTAにおいては各々の貿易に占める域内貿易の割合が1980年から2000年にかけて継続的に上昇したのに対して、EUでは1980年から90年には域内貿易の割合が上昇したものの、90年代においては傾向が逆転し、EU貿易に占める域内貿易の重要性は低下した。EUの貿易に対する域内貿易の割合は90年代においては低下したが、域内貿易の重要性は東アジアやNAFTAよりも高い。具体的には、EUの貿易の約60%は域内貿易であるのに対して、東アジアとNAFTAにおける同割合は、各々、約50%である。貿易を輸出と輸入に分けて、3地域の貿易における域内貿易の重要性を検討すると、興味深い観察結果が読み取れる。東アジアにおいては、東アジアは輸出よりも輸入においてより重要である。一方、NAFTAでは逆で、NAFTAにとってNAFTAは輸入よりも輸出においてより重要である。EUにとってEUは輸出先と輸入元としても同じ様な重要性を示している。これらの観察結果は、東アジアは東アジア域内から部品などを調達し、それらを用いて製品を生産し、生産された製品を東アジア域外へ輸出するという生産パターンの存在を示唆している[4]。それとは対照的に、NAFTAでは、域外から部品などを輸入し、それらを用いて生産を行ない、生産された製品を域内で販売するというパターンが読み取れる。東アジアでは輸出生産が行なわれているのに対して、NAFTAでは消費地生産が行なわれているという分類が可能であろう。

二重相対指標の計測結果からは、3地域共に貿易において正の域内バイアスが観察できるが、その変化の傾向に興味深い違いがある。東アジアにおいては正のバイアスは継続的に低下しているが、NAFTAおよびEUにおいては東アジアとは対照的に正のバイアスが継続的に上昇している。2000年の数値でみると、NAFTAにおいて正のバイアスが最も大きく、続いて東アジア、正のバイアスが最も小さいのはEUであった。3地域において正の域内バイアスが観察されたが、その背景には地理的近隣性による経済活動の集中が存在することが挙げられる。また、東アジアにおいて観察された正のバイアスの継続的低下傾向は、東アジア諸国が貿易相手国を差別することなく片務的な貿易自由化を進めてきたことによってもたらされたものと推測できる。一方、NAFTAおよびEUにおける同バイアスの継続的上昇は自由貿易協定や統一市場といった形で地域内の国々との貿易を地域外の国々と比べて優遇するような措置をとってきたことが一つの重要な要素であると思われる。これらの制度的要素に関する分析は次節で行なわれる。

以上の分析から、東アジア、NAFTAEUにおいてリージョナリゼーションの傾向が観察できるが、それらは両大戦間における閉鎖的なブロックではないことが確認できた。また、東アジアの地域化は貿易自由化によって企業の自由な行動が活発化したことによってもたらされているのに対して、NAFTAEUにおける地域化は企業の自由な行動によるものでもあるが、域内貿易を優遇するような制度によって促進されている部分もあることを示唆することが計測結果より導き出された。次節で指摘されるように東アジアにおいても制度的リージョナリゼーションが促進される可能性が高いことから、将来、東アジアにおいても制度的要因によって域内貿易が拡大することが予想される。

 

4.活発化する制度的リージョナリゼーション

 近年における制度面でのリージョナリゼーションにはいくつかの特徴が認められる。第1の特徴として、RTAに参加する国の拡大が挙げられる。拡大するRTAとしては欧州連合(EU)が代表的である。EUの起源である欧州経済共同体(EEC)6カ国を加盟国として1958年に設立されたが、その後加盟国が増え、現在では15カ国になっている。第2の特徴は深化である。典型的な例としては、ここでもEUが挙げられる。EUは関税同盟から始まって、生産要素の域内移動を認める共同市場、さらには共通通貨制度の導入というように深化してきた。第3の特徴としては地理的に近接していない国々の間での取決めが増大していることが挙げられる。従来のRTAEUNAFTAのように地理的に近接している国々を加盟国としたものであった。しかし、近年では米国・ヨルダン、チリ・カナダというように距離が離れている国々の間でもRTAが形成されている。第4の特徴としては、RTAに新たに参加する国が増加していることである。この傾向は東アジアにおいて顕著である。東アジアでは1992年にASEAN(東南アジア諸国連合)自由貿易地域(AFTA)が形成されたが、日本が初めてのFTAをシンガポールとの間で20021月に調印するまで、唯一の主なRTAであった。近年においては、日本と同様に従来、RTAに参加していなかった韓国、中国、台湾においてもFTA参加へ向けての検討がなされている。第5の特徴として、RTAではなくインフォーマルな地域的枠組の形成の動きがある。代表的なものとしてはアジア太平洋経済協力(APEC)がある。APECはアジア太平洋諸国をメンバーとした経済閣僚会議として1989年に発足し、その後、非公式ではあるが首脳会議に格上げされた。APECの目的は貿易および投資の自由化および円滑化と経済技術協力であるが、貿易および投資の自由化の対象範囲は加盟国間だけではなく非加盟国も含まれるということでRTAではない。また、APECのようには組織が整備されてはいないが、アジア諸国と欧州諸国間の意見交換・調整の場としてアジア欧州会合(ASEM)1998年に設立され、2年に1度の首脳会議を初めとして様々な活動が行われている。

RTAに代表されるリージョナリゼーションの拡大、深化、多様化の背景には対外的および国内的要因、また経済、政治、安全保障などの要因が複雑に絡み合っている。対外的要因としては、加盟国の貿易障壁撤廃による自国企業に対する市場の確保および輸出機会の獲得がある。RTAへの参加の動機としての市場確保要因は同協定の拡大に伴って重要性を増す。というのは、RTAが増えることで、そのような枠組から排除されていることによる市場機会の喪失の問題が深刻化するからである。

国内要因としては、市場開放によって競争圧力を強化させることで経済効率を高めるとともに経済成長を実現するという動機がある。1970年代以降、イギリスや米国などの先進国をはじめとして、東アジアの発展途上諸国などにおいて、貿易・投資の自由化、国内規制の緩和・撤廃などが高い経済成長をもたらしたという認識が政策担当者の間で共通のものとなった。つまり競争強化は非効率な企業の市場からの退出を余儀なくさせるのに対し、潜在競争力を持つ企業の潜在性を実現させる圧力となる。このような認識に基づき世界各国は貿易・投資の自由化および規制改革を推進してきたが、国内政治要因が障害となり、一層の推進が難しくなった。そこでRTAという「外圧」を用いて規制改革の推進を図る国がでてきた。

 RTAの動機として海外市場の確保および自由化による国内規制改革を挙げたが、これらの目的はRTAだけではなく、WTOの下での多角的貿易自由化によっても達成することができる。WTOではなくRTAが選択される理由は、いくつかある。一つの理由はWTOの下での貿易自由化と比べてRTAでの合意がより短期間に行われるというスピード面での優位性である。GATTでの最後の多角的貿易交渉となったウルグアイ・ラウンドは当初4年間の予定で始まったが、実際はその2倍の8年間を要した。交渉が長引いた一つの原因は交渉項目が多かったことであるが、それだけではなく、交渉参加国数が増加したことも大きく作用した。WTO1995年に設立されて以来、新ラウンド開始へ向けての動きが継続していたにもかかわらず、実際の合意が得られたのは2001年であった。加盟国が140を超える現在では合意形成は容易ではない。

WTOの下での多角的自由化ではなくRTAが選ばれるもう一つの理由は、参加国数が少ないとうこととも関連するが、ルールが必要であると認識されていても未だWTOではルール化されていない分野でのルール作りができることである。例えば、環境問題や労働問題などは、主に発展途上国側からの反対でWTOでのルール作りは難しいが、米・ヨルダンFTAではルール化された。また、日・シンガポールのFTAではWTOではルール化されていない競争政策についての枠組も含まれている。

 

5.グローバリゼーションとリージョナリゼーションの補完的進展

 WTOでの多角的貿易自由化によるグローバリゼーションの進展が世界の経済成長の実現にあたっては最も望ましいということは多くの人々の間での共通認識である[5]。したがって、RTAなどによるリージョナリゼーションがWTOでの多角的貿易自由化を促進するのか、あるいは阻害するのかということは今後の世界経済を考える上で重要なテーマである。

 前節までの分析で、近年の世界経済ではグローバリゼーションとリージョナリゼーションが同時に進行していることを確認した。それらの間には補完的な関係があるとする見方はいくつかある。一つは、近年のリージョナリゼーションにおける代表的な制度的枠組であるRTAは加盟国間の自由化を促進するのであるから、RTAが拡大している近年での動きは世界大での貿易自由化への動きと解釈することができるとするものである。事実、WTOの下での自由化推進が難しくなっている現状では、RTAの拡大が世界大での自由化を達成する有効な選択肢であると考えられる。また、グローバリゼーションとリージョナリゼーションが補完的関係にあるという主張の一つにRTAの拡大が貿易自由化への重要性に対する認識を強めることで、多角的貿易自由化交渉が加速されるというものもある。この主張の根拠として、90年代初めに行き詰まっていたウルグアイ・ラウンド交渉においてNAFTAAPECといった地域化の動きがEUによる多角的貿易自由化の重要性への意識を高めさせ、その結果、合意が成立したという解釈がある。さらに、前節で議論されたようにRTAWTOでのルール作りに貢献することで、補完的関係が形成されるという見方もある。

 一方、制度的リージョナリゼーションはグローバリゼーションを阻害するという見方も根強くある。このような主張の根拠としては戦前のブロック化の経験がある。つまりRTAが形成されると、排除された国々が結束してRTAを形成する。そこでそれらから排除された国々が新たにRTAを形成するというように、排他的なリージョナリゼーションが拡大するという見方である。また、近年のようにRTAが増加してくると世界の貿易制度が複雑化することから貿易を抑制するのではないかという意見もある。具体的な問題としてはFTAにおける原産地規則の問題が深刻である。関税同盟では加盟国は共通域外関税を適用することから域外からの輸入に対して輸入が入りやすい国と入りにくい国という違いはない。しかし、FTAでは加盟国が独自の域外関税を適用することから域外からの輸入品が域外関税率の低い国から輸入され、無税で域外関税率の高い国に輸出されるということが起きる。そこで、域外関税率の高い国は、域外関税率の違いを利用した形の輸入を抑制するために域内国原産の商品についてのみ無税を適用する。これが原産地規則であるが、その定義およぎ計測方法は単純ではない。またFTAによって異なった原産地規則を適用している場合が多い。多国籍企業が国際的な調達および販売のネットワークを活発に展開する形でグローバル化が進んでいる現在において、このような制度の複雑化は企業行動の障害となり、世界経済の成長にとってマイナスの影響がもたらされる可能性も高い。さらに、RTAの拡大について貿易交渉の実践面に着目して貿易政策担当者の時間およびエネルギーがRTA交渉に使われてしまうことでWTO交渉が進まなくなるという見方もある。

 閉鎖的なリージョナリゼーションを回避しグローバリゼーションを推進させるには、これらの課題に対処しなければならない。第1の課題についてはGATT/WTOではRTAが閉鎖的なものにならないように、RTAの設立において、いくつかの条件をつけている。重要な条件としてはRTA形成前よりも貿易障壁を高めてはならないというものと貿易障壁を実質上すべての貿易について廃止するという二つがある。ただし、それらの条件の内容が不明瞭であり、解釈が統一されていないという問題を抱えている。これらの問題はウルグアイ・ラウンドで取り上げられ、第1の条件に関しては主要な貿易障壁である関税に対する評価の基準が設定されたことで前進したが、RTAの下でのセーフガードやアンチダンピングを含めた非関税障壁に関する評価・監視などについての問題は未解決である。また、第2の条件については「実質上すべての貿易」に関する解釈の明確化がなされていない。RTAの増加による世界貿易制度の複雑化に係る課題についてもWTOでのRTAに関するルールをより厳密に規定し、厳格に適用することで対処できる。第2の課題に対しては、原産地ルールの統一と厳格な適用が必要である。

 以上のようなRTAに関わる問題がRTAの増大に伴って増加および複雑化することが予想されたために、19962月の一般理事会で地域貿易協定委員会(CRTA)が設置された。同委員会はRTAに関する審査だけではなく、様々な問題、さらにはRTAWTO体制への影響などに関する分析を行なうことで合意されている。したがって、閉鎖的なリージョナリゼーションを阻止するには、CRTAが有効に機能するように監視しなければならない。

 グローバリゼーション促進にあたっては、WTOに整合的なRTAを拡大・深化させることと共にWTOでの多角的貿易交渉に対するモメンタムを維持することの重要性を強調しておかなければならない。そのためには、多角的貿易自由化による世界貿易の拡大が世界各国に利益をもたらすということを再認識したうえで、各国間および各国内における利害を速やかに調整できるような体制を整備し、多角的自由化交渉を効率的に行わなければならない。

 

6.日本のリージョナリゼーション戦略とグローバリゼーション

 日本は近年になってFTAに活発に取り組み始めた。今秋には日本にとって初めてとなるFTAがシンガポールとの間で発効する。本年7月末にメキシコとのFTAの可能性を検討していた日墨共同研究会がFTAの早期締結を提言したことから、2004年の締結を目指して交渉が開始される見通しである。韓国ともFTA締結を目指した共同研究会を発足させ、検討を開始した。さらにASEANに対してもFTAを視野にいれた包括的な経済連携構想を提案している。

 日本は従来、GATTWTOにおける世界レベルでの貿易自由化を進めてきたが、近年になってFTAを推進するようになった。ただし、日本政府はWTOでの多角的自由化から二国間FTAへ貿易政策をシフトさせたのではなく、多角的、地域的、二国間での枠組を重層的に用いて貿易政策を展開するようになったと説明する[6]。 日本がFTAに熱心に推し進めるようになった背景には主に二つの理由がある。一つは対外関係の中での日本企業および経済の地位の強化である。EUNAFTAなど多くの地域統合が世界各地で締結されている中で、日本がFTAに加盟していないことでビジネスチャンスを制限されている日本企業に対するビジネスチャンスの拡大である。また、日本が特に強い関心を持つ東アジア諸国とのFTAの背景には、FTAの形成が遅れている東アジアにおいて同地域の経済成長を促すFTA形成へ向けて主導的役割を果たすことが東アジア依存を高めている日本経済にとって重要であるという認識がある[7]

 日本がFTAに積極的になったもう一つの理由は国内経済の活性化である。日本経済はバブル崩壊以降長期に亘って低迷しているが、このような状況から脱出するには構造改革が不可欠であるという認識は多くの人々の間で共通している。しかし、構造改革から被害を受ける人々からの抵抗が強く、構造改革は期待されたようには進んでいない。そこでFTAが構造改革への起爆剤の一つの可能性として考えられようになった。

 日本はFTAを締結することから、上述したようなメリットを期待することができる。ただし世界経済の中で大きな位置を占める日本はFTAが閉鎖的なものではなく、グローバリゼーションの進展、ひいては世界経済の成長に貢献するようなものにしなければならない。これらの目的を実現させるためには、いくつかの克服すべき課題がある。第1には、GATTWTOルールに整合的なFTAを形成することである。前節においてGATTWTO においてFTAを含むRTAを設立するにあたっての条件について記述したが、その中でも日本にとって重要な条件は「実質的すべての貿易についての自由化の実施」である。この条件をクリアーするにあたっての大きな障害は保護されており、自由化から被害をうける部門からの自由化に対する強い反対である。代表的な部門としては農業がある。シンガポールとのFTAでは貿易額が小さいことから農産品自由化問題はそれほど大きな問題にはならなかったが、日本への輸出で農産品が大きな割合を占めているメキシコやASEAN諸国とのFTAでは農産品が自由化から除外されるならば、WTOルール違反となるであろう。そもそも、それらの品目が除外されたのでは、メキシコやASEAN諸国は日本とのFTAへの関心を失うであろう。

 第2の課題はWTOでルール化されていない分野を先取りして、FTAにおいて先駆的なルールを形成することである。例えば投資、ヒトの移動、競争政策などの「新分野」での取決めをFTAに含めることで、世界貿易のルール作りに貢献することができる。また、より広い視点から世界経済の成長への貢献を考えると、ヒト、モノ、カネ、情報など経済活動に重要な要素の自由な移動を推進するだけではなく、人材育成や制度構築など経済成長に欠かせない分野での協力を含む包括的な経済連携を進めていくことが重要であることがわかる。

 第3の課題としては、包括的な経済連携協定を多くの国々と締結することである。この点に関連して、協定間の違いによる複雑性を回避するために結ばれる協定は多くの共通部分を持つことが望ましい。また、排除されることから損失を被る国々を少なくするために、透明性の高い協定を策定し、条件を満たせば新規加盟が可能なような形にしておくのが望ましい。

 最後に、グローバリゼーションを促進するために、ドーハ・ラウンドが開始されたことから、日本は設定された目標期間以内に交渉を終了させるように積極的かつ建設的に交渉が進展するように努力しなければならない。また、リージョナリゼーションに関しては、RTAが閉鎖的なものにならないようにWTO、その中でもCRTAによる監視を厳しくするように貢献することが重要である。

 

参考文献

浦田秀次郎(2001) 「貿易・直接投資依存型成長のメカニズム」渡辺利夫編 『アジアの経済的達成』東洋経済新報社 20014月、小島清編著『太平洋経済圏の生成:第3集』文真堂 20019

浦田秀次郎(2002)「同時進行するグローバリゼーションとリージョナリゼーション」『NIRA政策研究』Vol.15, No.5,21-25ページ

浦田秀次郎・日本経済研究センター編(2002)『日本のFTA戦略』日本経済新聞社

加藤裕己(2002)「地域主義とグローバリズム」『NIRA政策研究』Vol.15, No.5,30-34ページ

経済産業省(2001)『通商白書』

木村福成(2002)「エピローグ:アジア国際分業再編と共存的発展に向けた課題」木村福成・丸屋豊ニ郎・石川幸一編著『東アジア国際分業と中国』ジェトロ

小浜裕久・浦田秀次郎(2001)『世界経済の20世紀』日本評論社



[1] 本稿は浦田(2002)を拡大したものである。

[2] 近年リージョナリゼーションについての関心が強くなっているが、同テーマについては経済産業省(2001)、浦田・日本経済研究センター(2002)などが参考になる。

[3] 20世紀初めと近年におけるグローバリゼーションについての簡単な比較などについては、小浜・浦田(2001)などを参照。

[4] この点については浦田(2001)などを参照。

[5] 加藤(2002)は多角的な貿易の自由化はすべての国々にGDPや家計の効用の増大という形で好ましい影響を与える事をCGEモデルによるシミュレーションで示している。

[6] 例えば、経済産業省(2001)を参照。

[7] このような視点に立った議論としては木村(2002)が興味深い。