グローバリゼーションと金融問題

 

                            藤 田 誠 一(神戸大学)

 

1 はじめに

 「グローバリゼーションの成果と課題」という統一テーマで、筆者に与えられた報告テーマは「グローバリゼーションと金融問題」である。金融のグローバリゼーションという場合、年代としては1990年代が主たる研究対象となるであろう。80年代に先進国で進展した金融の自由化・国際化が、発展途上国をも巻き込み、民間の機関投資家による国際資本移動が巨大化し、経常収支赤字を上回る資本をアメリカに流入させ、アメリカの機関投資家によるエマージング・マーケットへの投資とその逆流が、通貨危機を頻発させたからである。

 しかし、ここでは金融のグローバリゼーションの意味を、もう少し長いタイムスパンの中で考えることにしたい。国際通貨・金融問題を考える上で、グローバリゼーション下の国際資本移動といった市場の問題だけでなく、主要国、特に基軸通貨国のマクロ政策、国際通貨システムのあり方といった問題も重要になるからである。

 本報告では、1960年代、70年代、80年代と比較することを通じて、現代のグローバリゼーションの特徴を明らかにするとともに、グローバリゼーションの下では各国間の経済政策の協調がより重要となる点を強調したい。

 

2 グローバリゼーションの意味

 金融のグローバリゼーションは、次の3つのレベルでとらえることができる。第1は市場のレベルで、金融・資本市場が世界的に統合され、国際間の資金フローがグロスでもネットでも巨大化することにより、各国の金利水準の連動性が高まる。第2は金融機関のレベルであり、世界的に統合された市場において、国境を越えた金融機関の競争が行われる結果、市場間の優位とともに金融機関の優位も明確化される。第3は制度・ルールのレベルで、市場間および金融機関の競争の結果、制度やルールが国際的に(強制的に)統一されるという傾向が現れる。いわゆるグローバル・スタンダード、すなわちアメリカン・スタンダードへの収斂である。本報告では、主として第1のレベルでグローバリゼーションを捉えることにし、それ以外のレベルは必要に応じて触れることにしたい。

 金融のグローバリゼーションは、国際的な資金過不足の調整を容易にすることにより、全ての国の経済厚生を最大化するというのが、通常の教科書的説明であろう。ただし、このような「異時点間の最適化」という考え方の背景には、政府部門は中立的であり、民間部門は最適な貯蓄(消費)・投資決定を行い、また国際間の資本移動は民間部門の最適な貯蓄・投資の不均衡を調整するという受動的な役割を果たすという仮定がある。しかし、90年代の通貨危機の原因を考えると、ラテンアメリカにおける財政赤字の存在や、過剰な資金流入によるアジア通貨危機の発生などに見られるように、このような仮定は必ずしも満たされていない。さらに、基軸通貨国アメリカへの過剰な資金流入は、アメリカのITバブルを発生させ、さらには経常収支赤字の拡大により対外債務残高を累積させることとなった。

 

3 グローバリゼーションとアメリカ

グローバリゼーションは、アメリカの陰謀であり、世界中にアメリカン・スタンダード、あるいはアングロサクソン・スタンダードを押しつける動きであるとする見解がある。あるいは、IMFや世銀の政策にもアメリカの金融資本や財務省の影響が強いとする、「ウォール街財務省複合体」(Bhagwati)、「ワシントン・コンセンサス」といった視点が強調されることがある。実際、グローバリゼーションによって最も恩恵を受けたのはアメリカ、特にアメリカの金融機関であろう。また、一連の通貨危機を経て、IMFのコンディショナリティに対する批判が強まり、IMF・世銀改革が進行中である。

 しかし、ここではグローバリゼーションがアメリカに及ぼした負の側面として、対外債務の深刻化という問題を取り上げよう。IMF体制の1960年代には、アメリカの国際収支赤字を原因とするドル危機が発生した。その背後には、「流動性ディレンマ論」という考え方があり、69年にはSDR(特別引出権)の創出につながった。しかし、「流動性ディレンマ論」は、もともとアメリカの国際収支赤字を弁護する性格を持っていた。とはいえ、1970年代までのアメリカの赤字は総合収支レベルの赤字であり、80年代以降の経常収支赤字とは大きく性格が異なっている。

 アメリカの経常収支赤字は、1980年代後半に急拡大し、いったん縮小したものの90年代に拡大し、特にここ数年は急拡大を示している。その原因は、80年代は財政赤字(双子の赤字)、90年代は民間部門の投資・消費であったが、昨年からは再び財政赤字が拡大しつつある。しかし、このような経常収支赤字は、アメリカへの資本流入がなければ継続できない。プラザ合意以降、国際金融協力の名の下、金利差を維持しアメリカ赤字のファイナンスが計られたのは記憶に新しい。90年代のアメリカへの資金流入は、TBや国債ではなく株式、社債への投資にシフトし、特に後半以降はアメリカの経常収支宇赤字を大幅に上回る金額を記録した。「強いドル政策」政策に基づくアメリカへの資金流入は、一方でアメリカのニューエコノミーをさせるとともに、エマージング・マーケットへの投資に向けられ、それらの諸国に過剰な資金流入をもたらしたのである。さらに、経常収支赤字の継続は、対外債務の累積をもたらし、80年代半ばと同様のサステナビリティの問題を引き起こしつつある。

 このようにグローバリゼーションは、金から解放されたアメリカに、「資金流入がある限り」支出は拡大できるという意味で、大きな政策の自由度を与える結果となった。基軸通貨国アメリカのみが政策の自由度を持つという点では、60年代・70年代と共通であるが、グローバリゼーションはその自由度を一層拡大させ、国際資金循環に大きな影響を及ぼすという効果を持ったのである。

 

4 グローバリゼーションと国際通貨システム

 IMF体制の固定相場制では、各国は為替管理を行っており、資本移動は規制されていた。またIME協定上も、資本移動を管理することが承認されていた。国際資本移動が自由化され、また国際金融市場が発展するのは、変動相場制への移行後のことであった。山本栄治(2002)は、現行の「ドル本位制」が「システムの民営化」の下で発展したと、変動相場制(為替変動による収支調整)と並んで、国際金融市場の発展を重視している。

 国際通貨制度が解決すべき問題として、「調整・流動性・信認」があげられる。1970年代以降、調整は為替相場変動が解決し、流動性(60年代までは公的準備を指していた)は、金融市場の発達によって借り入れ能力のある先進国については重要な問題ではなくなった。信認の問題はドルの金交換停止により回避されたように見えるが、世界が名目アンカーを欠き、通貨制度全体の信認が基軸通貨国アメリカの政策に依存するという意味では、より不安定なものとなっている。80年代に展開されたMcKinnonの通貨制度改革案は、世界に名目アンカーを提供するというねらいを持つものであった。

 グローバリゼーション下における為替相場制度の選択は、「政策トリレンマ」のうち自由な資本移動が自明であるため、「ハード・ペッグか変動相場制のいずれかしかない」とする見解(Two Corner Solutions)が有力であったが、特に途上国については中間的なより弾力的な為替相場制度を採用すべきであるとの提案が多くなっている。また、ハード・ペッグの代表であったアルゼンチンの通貨危機は、新たな問題を提起した。アルゼンチンの通貨危機から得られる教訓として以下の点を指摘できよう。@いかなる為替相場制度も、その制度と整合的な金融財政政策運営なしには維持できない。Aある時点で最適な為替相場制度が、永久に最適とは限らない。Bある国の最適な為替相場制度は、外的な環境(中心国の政策、近隣国の為替相場政策など)に影響される。

 このように考えると、グローバリゼーションの下では、国際通貨システムのあり方が頼重要な問題となってくる。「ノン・システム」に替わる何らかのシステムと、その下での主要国間の政策協調を再検討する時期に来ていると思われる。

 

5 ユーロ登場の意味:むすびにかえて

 19991月には非現金形態で、20021月には現金形態で、欧州単一通貨ユーロが導入された。ユーロは、ユーロ地域12カ国の共通通貨にとどまらず、ドルに対抗しうる有力な国際通貨として期待されている。

 国際通貨の各種機能という点では、ユーロは当初は「多様性に支えられた」マルク以上のシェアを持つことはできない。しかし、EU3カ国、EUへの加盟を申請している中・東欧諸国は、ユーロ地域との経済的な結びつきが強く、またユーロを為替政策・金融政策の基準とした政策運営を実施している。したがって中期的には、GDPの規模では「ドル圏」にかなわないが、ユーロを中心とした「ユーロ圏」が形成される。

 「ユーロ圏」は、全体としてはアメリカ、日本並みの閉鎖経済となり、ECBの為替政策・金融政策も域内中心となることが予想されるため、2極通貨体制は国際通貨システムとしては不安定化する危険性を持っている。アメリカとユーロ地域の間の政策協調が、これまで以上に必要とされる所以である。その点で、ユーロの金融・投資通貨としての成長は、アメリカの経常収支赤字の無制限なファイナンスに制約を課すことで、アメリカを政策協調に向かわせる効果が期待できよう。

 いずれにしても、グロバリゼーションは、各経済主体の自由なファイナンスを保証するという側面とは反対に、マクロレベルでは各国間の政策協調を一層必要なものとしているのである。

 (フルペーパーは、大会の2週間前までに公開します)

参考文献

Bhagwati Jagdish(2000) The Wind of the Hundred Days, MIT Press.

Fischer, Stanley(2001), “Exchange Rate Regimes : Is the Bipolar View Correct?” Journal of Economic Literature, spring, pp.3-24.

McKinnon, Ronald I.(1993)”The Rules of the Game : International Money in Historical Perspectives,” Journal of Economic Literature, March, pp.1-44(日本銀行「国際通貨問題研究会」訳『ゲームのルール:国際通貨制度安定への条件』ダイヤモンド社、1994年)

翁 邦雄・白川方明・白塚重典(1999)「金融市場のグローバル化:現状と将来展望」『金融研究』(日本銀行金融研究所)、8月、53-97ページ。

奥田宏司(2002)『ドル体制とユーロ、円』日本経済評論社。

片岡 尹(2001)『ドル本位制の通貨危機』勁草書房。

田中素香(2002)「ユーロの対外的側面」田中素香編『単一市場・単一通貨とEU経済改革』文眞堂、187-210ページ。

藤田誠一(2002)「国際通貨制度の変貌と改革」(日本国際経済学会編『IT時代と国際経済システム』有斐閣(近刊)、所収)。

山本栄治(2002)『国際通貨と国際資金循環』日本経済評論社。